マヌエル前のファリャ前?

前回のつづきです。

マヌエル・デ・ファリャ(1876-1946)はアンダルシア、カディス市の
生まれで母にソルフェージュを、祖父にピアノを習うという音楽教育に熱心な
家庭で育ちました。20歳の時、一家はマドリッドに引っ越し、彼は王立音楽院
で勉強を始めます。

その頃作曲していた曲は、スケルツォ、ノクターン、マズルカ等で、
後に花開くことになる彼のスペイン民俗音楽的な作風を時々一瞬かいま見る
ような気もするのですが、まだ彼の個性は芽生えていません。

1896年作曲のノクターン。ショパン風です!


そんな彼にスペイン民俗音楽へ目覚めさせたのは作曲を教えていたフェリペ・
ペドレイ(ペドレル)でした。ペドレイはスペイン国民楽派の第一人者で
彼の弟子にはグラナドス、アルベニス、トゥリーナ等がいます。

王立音楽院時代はファリャが世界的にも有名なスペインを代表する
作曲家に変身するまでの模索の時代、殻をつけたひよこ時代?みたいです。

このマドリッド修業時代のファリャの作品のことを詩人ヘラルド・ディエゴが
「Premanuel de Antefalla (プレマヌエル・デ・アンテファリャ)」と
名付けました。PreもAnteもスペイン語で「〜前の」を意味する接頭語です。
「マヌエル前のファリャ前」?みたいな感じでしょうか。

まるで紀元前、紀元後、と言うように、ファリャがファリャになる前の時代を
ユーモアと愛情をこめて言い得た見事な言葉だと思います。




☆スペイン民俗音楽と言うべきか民族音楽と言うべきか迷ったのですが
ファリャはその後フラメンコ(カンテ・ホンド)の採譜等をしてそこから
影響を受けたので民俗にしてみました。
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by nomokon | 2012-08-30 04:53 | Manuel de Falla
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